年
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年齢
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できごと
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1823年
(文政ぶんせい6年)
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1歳 |
旗本はたもと(徳川将軍家の家臣)、勝小吉かつこきちの長男として江戸で生まれる。 |
1850年
(嘉永かえい3年) |
28歳 |
蘭学(西洋の学問)の塾を開く。 |
1853年
(嘉永6年) |
31歳 |
黒船来航。幕府に海防意見書を出し、注目される。 |
1855年
(安政あんせい2年) |
33歳 |
異国応接掛附蘭書翻訳御用いこくおうせつかかりつきらんしょほんやくごよう(翻訳係)として幕府の役人となる。長崎の海軍伝習所で勉強する。 |
1860年
(万延まんえん元年) |
38歳 |
日米修好通商条約にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく(日本とアメリカが自由な貿易をするとりきめ)の文書を交換するための使節団のメンバーとして咸臨丸かんりんまるに乗り、太平洋を横断し、アメリカへわたる。 |
1864年
(元治がんじ元年) |
42歳 |
軍艦奉行ぐんかんぶぎょうとなり、神戸海軍操練所こうべかいぐんそうれんしょと海軍塾を設立。坂本龍馬など幕末の志士が多く集まる。しかし同じ年に禁門の変がおこり、海軍奉行をやめさせられ、海軍操練所も閉鎖となる。 |
1868年
(慶応けいおう4年) |
46歳 |
戊辰戦争。江戸に進軍した新政府軍の西郷隆盛と幕府代表として話し合い、江戸城攻撃を中止するかわりに城を明け渡す約束をする。 |
1866年
(慶応けいおう2年) |
40歳 |
坂本龍馬らの仲立ちで長州藩と同盟する。 |
1868年
(慶応けいおう4年) |
42歳 |
戊辰戦争。新政府軍を率いて江戸に入るが、勝海舟と話し合い、江戸城攻撃を行わないかわりに、幕府が抵抗せず城を明け渡す約束をする。 |
1870年
(明治2年)〜 |
44歳〜 |
明治新政府の重要な役職を歴任する一方で、旧幕府の家臣などの心配をしていろいろと面倒を見る。 |
1899年
(明治32年) |
77歳 |
病気で倒れ亡くなる。 |